サッカーの街・東京を実現する推進力
1999年Jリーグ加盟、東京都をホームタウンとするプロサッカークラブ。ホームスタジアムは調布市の味の素スタジアム。前身は1935年創立の東京ガスフットボールクラブ。 Jリーグ加盟時はJ2リーグでスタートしたが、2000年にJ1へ昇格。過去リーグ成績最高順位は2003年の4位、ヤマザキナビスコカップでは2004年と2009年にそれぞれ優勝している。チームマスコットは東京ドロンパ、監督は2008年から城福浩が務める。
所在地
東京都小平市大沼町2-584 (練習グランド所在地)
設立
1998年
資本金
863,000,000円
事業内容
プロサッカーチーム「FC東京」の運営 他
企業URL
http://www.fctokyo.co.jp/
代表者
村林 裕
夢中になれることがたくさんあった高校時代
中学校でサッカー部に入りましたが高校で早くも挫折、アイスホッケーを始めました。他にも生徒会の活動をしたり、麻雀を覚えたり、夢中になれることが山ほどあった高校時代でした。慶應義塾大学では、応援団とアイスホッケーを並行してやりました。仕事については、映画『タワーリング・インフェルノ』を観て消防士に憧れたり、ドラマ『太陽にほえろ!』を観て刑事になりたいと思ったこともありましたが、将来の夢と呼べるほどのものではありませんでした。結局、就職は東京ガスに決まり、これが私の人生を決めることになりました。
コンランショップの立ち上げに参画
入社して最初に担当したのは、800人の単身赴任社員寮で社員の布団を乾かしたり、夕食の準備をする仕事でした。東京ガスの社員としてはちょっと変わっている仕事ですが、友人に指摘されるまでは自分の仕事の内容がどうなのかということは考えもしませんでした。その後、東京ガスが西新宿にビルを建てることになり、コンランショップの立ち上げに携わりました。そこに高感度なインテリアショップを入れたかったんですね。誘致の交渉からお店のオペレーションの準備まで、お店のオープンに携わったことは大きな勉強になりました。
新しい挑戦の連続だった30代
35歳の時には、経営の研修でニューヨークに行きました。英語は苦手だったのですが、必死で覚えました。1年間で35州のスタジアムを回って、野球やアイスホッケー、バスケットボールの試合を観戦したことも印象深い仕事です。英語を覚えて良かったのは、友人が倍に増えたこと。メジャーリーグの選手来日時に通訳のお手伝いをしたり、仕事の幅も広がっていきました。今まで4回ほど新しいビジネスの立ち上げに関われたことも、私の大きな財産になっています。30代から挑戦できる機会を与えられたことには非常に感謝しています。
FC東京のスタートから10年
1998年にFC東京の運営会社である東京フットボールクラブ株式会社が設立され、クラブ名を決めて商標登録したのが最初の仕事です。1999年にJリーグ加盟、J2からスタートして、2000年にJ1に進出したことは皆さんご存じの通りかと思います。今後は東京都民に愛されるプロサッカークラブとして、アジアリーグで存在感あるチームを目指し、将来的には世界に通用するチームにしていきたいと考えています。常に私が指示を出すトップダウン方式ではなく、社員のアイデアを尊重しながら今後も面白い試みをしていきたいですね。